PAPASU

3児の父。物は少量。

僕は冷たい男だと思います。

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今日は5時に起きました。気温は1℃。寒いです。

 

昨日は1日中サッカーの試合に付き添いに行っていたのですが、ここよりも標高が高く寒い場所での試合で雪がちらつく中での観戦でした。

 

自分の子どもの試合は日本代表のW杯の試合よりも興奮します。しかしよく考えると、日本代表の選手も普通の人間です。きっと選手の親は昨日の僕のように興奮しているのでしょう。W杯と少年サッカーの練習試合では舞台が全然違いますが・・・。

 

本の出版に関する手続きのメールがきたので、返信しました。全て英語ですが、Google翻訳の進化が凄くて驚きました。

 

今までなら数行毎に翻訳していたのに、この日記くらいの文章量でも簡単に日本語から英語に変換してくれました。

 

細かい部分の文法があやしいかも知れませんが、本質が伝われば大丈夫。住所などはしっかり確認して送信しました。

 

肝心の『ミニマリスト家族の本』の執筆は手直し中。自分の中では全然進んでいません。モチベーションを保つのが難しいときですが、待ってくれている人がいるため頑張ります。

 

昨日は冷蔵庫の中身だけで買い物に行かずに夕食を作りました。たまには買い物をせずに冷蔵庫の中身を食べきる日を作るのがおすすめです。実家の冷凍庫の中から2年前のパイ生地が出てきたときに思った教訓。

 

『ときめく』と思っていた物を手放したときに見えてきたのは、本当は『ときめく』と思っていただけであったということ。

 

思い出が染み込んでいるのは物ではなく僕自身です。そう思った僕は過去のときめく物をどんどん処分してきました。

 

中学校の時に初めてもらったサッカーのユニホーム。卒業アルバム。手紙。プレゼント。

 

思い出の品を捨てるなんて冷たい人間だとあなたは思うかも知れませんが、本当に連絡を取りたいと思ったら、誰でも連絡を取れる時代になりました。

 

会いたいと思えば世界中どこでも会いに行けます。物が所有しすぎていると身軽に行動する事が出来なくなります。中学や高校の友だちはすでに日本を離れ世界で仕事している人もたくさんいます。

 

また、埃まみれになっている思い出の品々を見たときに、本当にこれらの物を置いておいて思い出を大切にしていると言えるのかと自問自答しました。

 

本当に大切にしているのなら額に入れて壁に飾ったりして埃まみれになるなんて事はありません。『ときめく』物はいっときも忘れる事がない物なんじゃないかと考え出したのです。

 

片付けの最中に思い出の品が出てきて、思い出が蘇る事があるかも知れませんが、僕にとっては忘れていた思い出です。

 

確かに物は思い出を引き出すきっかけになってくれるかも知れませんが、限られた人生の時間の中では必要がないのかも知れないと思い始めました。かたちあるものはいつか壊れる。諸行無常。

 

旅行にいく目的も変わってきました。物(観光名所)を見に行くよりも人に会いに行く旅行が増えてきました。

 

物を所有する喜びは確かに気持ちがよく手放すことは難しいかも知れません。まだ僕もうまく言葉で説明する事が出来ません。

 

ただ自分が幸せだと心から言えるのは、物を所有し思い出に浸っている時よりも、夢に向かって進んでいる最中です。

 

僕の夢は世界中を旅して文化を学び『終の住処』を探す事です。その夢に向かうにはたくさんの僕の所有物は必要がない事を知りました。

 

僕の場合は『夢』に向かって進んで行くために不要な物を処分することにしました。他の人は関係ありません。他の人の目線は忘れて自分の内側にある夢を見つけて邁進する事が幸せなんじゃないかなぁと思います。

ある憧れの物を所有する『夢』があっても当然です。
ですがゴールは所有する事ではなく所有してから何をするのかまで考えるべきことと思います。