PAPASU

3児の父。物は少量。

住まいについて。

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今日は5時に起きました。気温は8℃。暖かいですが、午後から雨模様。この時期の今日みたいな天気の日が一番花粉症には辛い。我が家にはティッシュペーパーがないので、トイレットペーパーで鼻をぐちゅぐちゅかんでいます。

 

我が家には普通の家庭にあるであろう物がありません。と言っても生活に不便があるわけではなく、むしろ快適です。

 

僕の家は小さく狭い。とても夫婦2人と子どもが3人に世界一可愛い愛犬のポッキーまで住んでるとは思えない狭さでしょう。もちろん世間一般的な常識は知っていますが、僕には関係がありません。

 

射し込む陽の光はたっぷり。空気は穏やかに流れ、家具は自分たちで選んだり自作した物が数点。身体がぴったり収まるソファ。帰宅すれば子どもたちの笑顔でいっぱいの小さな家。これ以上何を望めばいいのでしょう。

 

以前日本のテレビの取材で「何にもない部屋ですね。寂しくないですか?」と聞かれたことがあります。もちろん寂しくなんてありません。「寂しくないですよ。何が足りないと思いますか?」と聞いたら返事は帰ってきませんでした。

 

見栄えばかり気にしていては本当の幸せを見失います。もし子どもたちが学校で嫌な思いをすれば、僕はすぐにでも引っ越すことを考えるでしょう。もちろんそれが原因で、すぐに逃げ出す責任感のない大人にならないように注意する必要はありますが、子どもに世界が広いことを教えるためにも、身軽で自分たちの身の丈にぴったりあった生活(その都度身体に合わせて貝殻を選んぶヤドカリのような)賃貸生活を選びました。

 

僕には夢があります。まずは子どもたちが幸福を感じて人生を楽しむこと。そして世界を旅してたくさんの文化に触れること。最終的に「終のすみか」を見つけること。

 

人生は100年時代と言われ、子どもたちが親と暮らして親の影響(管理下)を受ける割合はどんどん減ってきています。親と離れて暮らす期間が長くなってきています。子どもたちが育つまでは子どもたち中心の生活をするのが親の役目。

※もちろん介護などで親子の暮らしを再開することもありますが、ここでは別問題として横に置いておきます。

 

僕の場合、一番下の娘が成人した時に50歳をすぎたばかりで人生の半分がまだ残っています。その人生の後半半分土台を作っているのが今です。50歳をすぎたその時に出来るだけ身体的に健康で精神的にもゆとりがあることが必要です。

 

自分の夢がはっきりしていると毎日が夢を見ているようで幸せを感じるようになります。仕事で嫌なことがあったとしても夢を叶えるための試練だと思えば乗り越えることが比較的楽になります。

 

ミニマリスト生活をしてると、まわりのことが気にならなくなってくるので、そもそも仕事などでストレスを感じることも減ってきました。いつでも職場をやめても大丈夫。なんとかなる、と本気で思えるようになったことが大きいです。

 

僕たちが生活する上で大切な家。雨風をしのいでくれて家族全員が横になれる広さがあれば幸福に暮らすことができます。もし必要があればそこから少しずつヤドカリのように家を広くしていけばいいと考えています。

 

広すぎる屋敷は見栄えはいいですが、屋敷の全ての部屋を維持するにはたくさんの使用人やエネルギーを必要とします。防塵シートでおおわれた部屋にはなんの意味もありません。

 

自分たちの身の丈にあった小さな暮らしが、隅々まで清潔で陽の光が優しく、空気が穏やかな家庭を作ります。

ミニマリスト生活をはじめた僕の個人的な感想です。